花と鳥 4







先生のお葬式で見かけた人……

参列者は皆同じような黒い喪服に黒いネクタイを締めて、うつむいて泣いているのに、彼だけ違う種類の人間だった。

光るように白い薔薇を手にしていた。

金髪は長く、葬儀の場には場違いなほどに渦巻いて輝やいている。
長身の身にまとう黒いスーツはとても高価な物なのだろう。
深い漆黒だった。
あれほどの美貌をしているのなら、女性達の顔を覆っている黒いベール、彼こそがあれをこの場で被り、顔を少しは隠しているべきなんじゃないか……

瞬はぼんやりと部屋の隅にいる完璧な美貌の男を見ていたが、挨拶をしに来た参列者に気がつき、差し出された手を握り返した。
先生の友人のでこの人もバレエの教師だ。
「ダイダロスは本当に残念だった、こんな突然のことで……でも君のコンクール入賞は素晴らしかった、おめでとう」
「なにもかも先生のおかげでした……」
「彼も教え子の入賞を喜んでいるよ」
また別の人が来た。
「あなたが帰国したら、こんなことになっていて……驚いたでしょう」
「はい……先生ほどの人が……本当に酷い」

そうだ、本当に突然すぎて酷すぎる。
ずっと目標にしていたスイスのバレエコンクールで優勝することができたのに。

コンクールから帰国した空港ロビーで荷物のカートを押していた。
長旅にもコンクールの緊張にも疲れてはいたが、力を出し切った高揚感で、足取りも心もフワフワする。

バレエ教室の先輩のジュネがいる。
わざわざ空港まで迎えに来てくれたのか?
見慣れたジュネの姿を見るとほっとしたが、ジュネは瞬がグランプリを取ったというのに、青白い深刻な顔をしていた。
どうしたんだろう。

「ジュネさん、僕をわざわざ迎えに来てくれたんですか?ありがとうございます…………あの……そんな顔して、なにかあったんですか?」
「瞬、優勝おめでとう……凄いよね、さすが瞬だよ……あのね、先生が、ダイダロス先生が亡くなったの」
「え……」
そんなことがあるはずがないのに。
カートを持つ手から力が抜けて震える。
信じられない。

「そんな……どうして?……先生が?元気だったじゃないですか……」
きつい口調で詰問したつもりはないのに、ジュネは泣き出してしまった。
気丈なジュネさんが……
瞬はカートから手を離すと、ジュネの肩を抱きしめた。
これは夢なのか?
教室に行けば先生が出迎えてくれるとしか思えなかった。



まだ、この状況が信じられなくて、もう先生がいないということがよくわからなくて、この葬儀の会場で、沢山の喪服の参列者を見ても呆然としている。
なぜ僕はこんな着慣れない黒いスーツを着て黒いネクタイに首を締められて、ここにいるのだろう。
先生は棺の中に横たわって、もう動かない。

先生は強盗に襲われて亡くなった。
深夜、バレエスタジオからの帰り道に銃で撃たれた。
犯人は捕まっていない。
この辺りは物騒なのに、なぜそんな深夜に先生はひとりで歩いていた?

参列者はその死を納得できず、許容できなくて青ざめ、重苦しく沈んでいるのに、異様に美しい彼だけが、どこまでも静かで落ち着いていた。
感情も態度も乾いている。

少し時間が経って気がついてみると、その人は葬儀の会場から消えていた。
彼が持っていた白い薔薇は棺に捧げられることもなく、隅のテーブルに置き去りにされていた。



先生の力量だけでもっていた小さなバレエ教室は閉じられた。
生徒たちは他の教室に移っていった。
瞬はコンクールで獲得したスカラシップで留学をした。
ダイダロスの葬儀で見かけた美しい男のことは、新しいスクールでバレエに打ち込むうちに忘れてしまった。



バレエ「薔薇の精」の少年役のオーディションが行われることが発表されると応募者が殺到したが、瞬はどうしてもこの役がやりたかった。

薔薇の精の役はアフロディーテに決定している。
スウェーデンの有名な若手ダンサーだが、その写真を見て驚いた。
先生の葬儀で見た異様に美しい人だ。
先生とどういう関係があったのか知りたい。

オーディションの倍率は凄まじかったが、瞬は普段はそこまで出さない本気を出して、少年役を勝ち取った。



「顔がものを言ったんだよ、あそこまで女の子みたいに綺麗だと、ほかの奴に勝ち目はない」
「審査員と寝たんじゃないか?」
「これから寝るんだろ」
オーディションが終わった更衣室で、負け惜しみの陰口が聞こえてくる。
みんなそれなりに自信があったのだろう。
嫌な言葉が耳に入っても瞬の顔はずっと冷静なままだった。

「うわ……見ろよ、あの体」
着替え中の体を遠慮なく注視される。
瞬は素早くズボンを履いた。
髪に指を入れて乱暴に整える。
帰り道で襲われないように気をつけないと。
ろくでもない奴はどこにでもいる。







つづく
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